寄稿エージェント:枝野 陽
近年、コンサルティングファームへの転職が急増しており、私にもその相談が数多く舞い込んでくる。その中でも特に多い相談が、コンサルティングファームに興味関心はあるが、激務のイメージがあり、自分がやっていけるのか、というものだ。そこで今回は、コンサルティングファームの種類ごとの働き方の違いと、ワークライフバランスを重視する方が何をベースにコンサルティングファームを選ぶべきなのか解説したい。
コンサルティングファームの種類ごとの働き方の違い
まず最初に結論を申し上げると、戦略ファームおよびITファームは働き方が苛酷になりやすく、総合ファームは相対的に働き方が落ち着いている。ただし、ここで取り上げる働き方の落ち着きとは残業時間の短さであり、「やさしい」「ゆるい」わけではないことに注意していただきたい。では、それぞれのファームの働き方について解説していく。
・戦略ファーム
いわゆる多くの人がイメージするコンサルの激務さは、戦略ファームに起因すると言っても過言ではない。以下では戦略ファームが忙しくなる理由を3つ取り上げる。
① 案件の特性として業務量が膨大になりやすい
② プロジェクトにアサインされる人数が少ない
③ クライアントの期待値が高い
それぞれ順番に解説していこう。
① 案件の特性として業務量が膨大になりやすい
戦略ファームが扱う案件は、全社戦略的なものが多く、中期経営計画の策定、M&A戦略、ビジネスデューデリジェンス、コストカット、オペレーション戦略などが中心である。これら案件は難易度が高く実力が問われるものばかりであるが、それだけではなく、そもそもの業務量が多いことも特徴的だ。
想像してもらえばわかると思うが、全社にまたがるアジェンダということはそれだけステークホルダーが増えるわけで、プロジェクトは複雑化しやすく、事業部単位のプロジェクトよりも障害は多い。特にビジネスデューデリジェンスに関しては検討項目が膨大になりさらに複雑性は高まる。買収先の外部環境(事業環境・競合環境など)分析だけでなく、内部環境(自社商材の特徴・人材アセットなど)も細かく分析し、そのうえで買収元と買収先のシナジーがどこにあり、逆に相反するもの(ディスシナジー)がどこにあるかを特定、どれだけの効果が見込めるのか売上などにおいて定量的な数字に落とし込み、事業計画やバリュエーションに反映させていく。とてもではないが事業会社の経営企画や財務部門でできる範囲を超えていると言えるだろう。また、外資系投資銀行の指名によってそのようなビジネスDDの案件は獲得されることも多く、彼らの働き方が激務なために、それに影響を受けることもあるようだ。
また、総合ファームやITファームのプロジェクトは6ヵ月以上先が納期として設定されているが、戦略ファームの場合は2ヵ月先が納期に設定されるというようなこともある。だとすると単純計算でも3倍忙しくなってもおかしくないわけである。そもそもの業務の過酷さに加えて、納期の短さも合わさると、その激務さは想像に余りある。
② プロジェクトにアサインされる人数が少ない
大手総合ファームの人数がおよそ4000人前後、ITファームに関しては1万人を超える規模感だが、戦略ファームは業界トップの企業ですら1000人前後である。その他のファームに関しては200人を下回るファームが多く、そもそもアサインできる人数に制限がある。ちなみに業界トップファームの人数規模が多いのは戦略案件の多さはもちろんだが、総合ファームが手掛けるような実行案件に力を入れているからだということは知っておいて損はないだろう。
さて、戦略ファームのビジネスモデルは簡単に言ってしまうと、日本で一番優秀な頭脳を貸し出しますというビジネスモデルである。そのため採用ハードルは非常に高いものにせざるを得なく、英語・日本語だけでなくもう一か国語話せるトリリンガル、高い成績を残したアカデミック人材、東大・京大の大学院卒のハイスペック人材が採用のメインであり、近年採用難から多少ハードルは下がっているが、それでも簡単に採用数を増やすことができない。
それならば既存の人員だけで対応できる企業に対して潤沢なリソースを投下してプロジェクトに当たればよいと思うかもしれないが、コンサルのプロジェクトの獲得において関係性はかなり重要なファクターであり、安易に他社にリプレイスされると今後二度とプロジェクトを獲得できないリスクさえある。ゆえに少ない人員でプロジェクトにあたってでも関係性を維持しようとする。わかりやすくすると、総合ファームが1つのプロジェクトに5人体制で臨めるところ、戦略ファームは3人体制で臨むというようなことが起きており、こちらも単純計算2倍弱忙しくなってしまうわけである。
③ クライアントの期待値が高い
なぜ戦略ファームに対する期待値が高くなり、そのコントロールが難しくなるのか、その理由はコンサルタントの稼働の単価の高さにある。大手総合ファームがアソシエイト1名稼働に対して月単価300万円前後であるのに対し、戦略ファームになるとその倍以上をクライアントに請求すると聞いている。これはマネージャークラスではなくアソシエイトクラスの稼働に対してである。ほぼ未経験レベルの人間に対してもそれだけのフィーを要求するため、クライアントの要求は自然と高いものになり、中途半端なクオリティのアウトプットは許されなくなる。
なぜそこまで高いフィー設定をしているかというと、外資系ファームであるがゆえに本国からの売上プレッシャーが強いことが理由としてあるようで、かつ報酬制度としてマネージャー以上の人材の報酬が高く設定されているため、若手の報酬の高低に関係なく、高いフィー設定をしているのではないだろうか。
また昨今では総合ファーム、ベンチャーファームの多くが戦略案件を積極的に獲得しに行っており、単純なコスト観点としては総合ファームに依頼したほうが安く済むため、余計に期待値が上がってしまっているのである。
以上の3つが戦略ファームが忙しくなる理由である。ごく一部の優れた頭脳と並外れたバイタリティがある方のみが活躍できるというのも納得できるのではないだろうか。少なくともワークライフバランスを重視する方は慎重に転職先として検討するべきである。
では次にITファームについて解説する。
・ITファーム
DXのグランドデザインを描く、導入するシステムの検討・要件定義等のIT上流工程に関しては総合ファームと忙しさは変わらないが、それ以降の設計、開発まで絡んでくると、SIerとほぼ変わらない働き方になるのがITファームの特徴である。特に人数規模が膨大なファームに関してはSIer化している可能性が高いため、注意して見極めていただきたい。では、なぜSIer案件になると忙しくなるのか、その理由は2つである。
① 関わるステークホルダーが多い
大規模なプロジェクトになると数十人単位で開発が進む。そうなると意思疎通を図る難易度も高まり、プロジェクトを円滑に進めることは困難になる。戦略ファームの忙しさの一つとして案件の複雑性には触れたが、IT案件も毛色は異なるが同様の複雑性があり、どうしても業務は煩雑になりやすい。
仮にITのPMOコンサルタントとしてプロジェクト推進を担う場合、プロジェクトの遅延が起きないよう細かいコミュニケーションを行いつつ、各所で発生する様々なトラブルを解消する火消し役を務める。文化祭で何か一つの作品を創り上げるシーンを想像してもらえば、イメージはしやすくなるかもしれない。1クラスの単位ではなく、それを学年全体でやるような難しさがあるのがSIer案件の特徴である。長いと数年のスパンにもおよび、一定以上のストレス耐性がないと長くは務まらないと言ってもよいだろう。
② 実装が想定通りにならない
実際にコーディングスキルを習得し、プログラミングをした経験がある方であれば想像に難くないが、思った通りにプログラムを動かすことは一般の人の想像以上に難しく、それが一人ではなく複数人での開発となるととてつもない難易度となる。
そのため時折予想しえないミスやバグが発生し、夜間や休日にミスの修正に急遽稼働せざるを得ないこともある。ワークライフバランスを理由に、ITファームやSIerから総合ファームに転職された方に話を聞くと、休日対応を無くなったことを喜ぶ声が一定数あることは印象的である。
以上がITファームが忙しくなる理由だが、さすがに前述の戦略ファームほどの忙しさはないにせよ、ITに強いこだわりがない限りは慎重に判断するべきであろう。
ワークライフバランスを重視する方が何をベースに選ぶべきか
ここまでファームの種類によって働き方が異なることを伝えた。ここからはどのようにワークライフバランスの良さを見極めるべきか伝えていきたい。ポイントは大きく2つある。
① 大手総合ファームであること
② 歴史が新しいこと
それぞれ順番に解説していく。
① 大手総合ファームであること
ここまでの文脈から消去法的に総合ファームの良さが伝わったかもしれないが、ワークライフバランスの観点として大手総合ファームをお勧めしたい理由はいくつかある。
まず総合ファームのプロジェクトは上流の戦略だけでなく実際に実行まで落とすことを期待されていることが多い。結果としてクライアントとともにプロジェクトを進めていくことも増えるため、事業会社出身の方にとっては、今と大きく働き方を変えることなく、プロジェクト単位で仕事を切り出しながら進める感覚になるため、むしろ働き方が緩和される可能性もある。
また働き方改革を積極的に推進している企業が多いことも特徴的であり、裁量労働制のもと、朝や夕方の子供の送り迎え時にはMTGを入れない、リモートワーク中心で出社頻度は週2回程度で済む、など柔軟な働き方に対して寛容である。
最後に規模の大きさにも注目していただきたい。これまでの内容を振り返ってもらえばわかる通り、あまりに規模が膨大だとSIer化しやすく、あまりに規模が小さいと戦略ファームと同じような運命をたどりやすい。あくまでも参考指標に過ぎないが4000人前後が最大手の指標であり、1000人前後が準大手の指標である。これらは一つの基準として活用していただくのをお勧めしたい。
② 歴史が新しいこと
歴史の新しさとワークライフバランスの相関はわかりにくいかもしれないが、冷静に考えてみると腑に落ちるであろう。かつては総合ファームも戦略ファームほどではないにせよ、激務なファームは数多くあり、チーム単位でみるといまだにそのような働き方を余儀なくされているチームはいくつかある。その理由としてはクライアントに対して提供してきたバリューを自ファームの都合でいたずらに落とせないというのも背景にあるのではないかと推測している。今まで残業時間100時間を超えるコミットメントだった中、働き方改革推進の名のもとに急に稼働が落ちるのであれば、別ファームを検討するリスクが高まるのは当然のことで、そのリスクがわかっているからこそ、旧来のやり方を変更することは難しくなる。
ここで一つ注意点がある。歴史の新しさとはファームの新しさを指すとは限らないということである。パートナーが新しく変わる、新しく組成されたチームである、というケースにおいても改善はみられる傾向があり、このあたりの情報の収集は容易ではないため、知人のコンサル在籍者やエージェントを活用した情報収集をお勧めしたい。
最後に
コンサルティングファームで実際に働いたことがない方にとって、実際の働き方をイメージすることは容易ではない。そのため、インターネットの情報や友人づての情報を駆使して判断をしようとされる方が多いのだが、基本的に働き方に不安がある人は、意図せずネガティブな情報をかき集めて、不安に駆られる可能性のほうが高くなるため、本来チャレンジすべきにもかかわらず、足を止めてしまうケースが多い。
本記事においては、そもそものコンサルティングファームの種類の違いをもとに実際の働き方について解説させていただいたため、どのファームが忙しくなってしまうのか、何を観点として評価すればよいのか、一定の示唆を与えることができたのではないかと思われる。
ただし、くれぐれも注意いただきたいのは、コンサルティングファームがゆるい環境では決してないということである。働く時間が短くとも、そこで求められるアウトプットのレベルはむしろそのようなファームのほうが高いこともあり、またプロジェクトの内容や、共に働くメンバーによっても実際の働き方は変化していく。
コンサルティングファームに転職することによってキャリアが明るくなる方が多いのは間違いないが、キャリアが決して人生のすべてではなく、ライフとのバランスを考慮した決断をするためにも、安易に動くことはせず、しっかり情報収集をしたうえでのアクションをすることを心がけてほしい。