寄稿エージェント:熨斗 明日花
「子どもに関わる仕事が好き」という気持ちは、何よりも尊い。
相手の小さな変化に喜びを感じ、成長を間近で見守ることができる仕事は、他に代えがたい価値を持つ。だが一方で、その尊さが「将来への安心」につながらないことに葛藤を抱く人も少なくない。
私自身、子どもや保護者と日常的に関わる現場で働いてきた経験がある。現場での充実感は確かにあったが、同時に「この仕事を10年続けた先、自分はどうなっているのだろう」と感じた瞬間もあった。好きなことを続けたい気持ちと、生活・将来設計への不安。その両立は簡単ではない。
キャリア支援の現場でも、「やりがいはあるけど将来が見えない」「このまま年齢を重ねることに不安がある」という相談を受ける機会が非常に多い。特に子どもと関わる職種では、現場力が高い人ほど責任が増しても待遇が変わらない構造に直面しやすい。
しかし、好きな仕事を続けることと、将来の安心を得ることは二者択一ではない。
「好き × 伸びるスキル」の掛け合わせによって、キャリアの選択肢は確実に広がる。
本記事では、子どもと関わる仕事を経験した私が、好きなことを手放さずに、自分の未来を守るための戦略について解説する。
「子どもに関わる仕事」が抱えやすい30代のキャリア不安
子どもと関わる仕事には、人の成長に直接関わるやりがいがある。
一人ひとりの個性を見つめ、行動変容を促し、長期的に変化を見届けるプロセスは、まさに「人を育てる」仕事だ。だが、その構造を冷静に見つめると、給与体系・昇進制度・評価指標といった観点では限界が存在する。
多くの教育・保育・支援分野の職種は、公的制度や補助金のもとに成り立っている。そのため、個々の努力や成果が直接的に賃金に反映されにくい。評価軸が「効果」や「改善率」ではなく、「配置基準」「稼働時間」「利用者数」といった量的指標に偏る傾向があるのだ。現場の創意工夫やスキルが正当に評価されづらいことが、長期的なキャリア形成を難しくしている。
また、キャリアパスの選択肢も限られている。多くの現場では「プレイヤー → チームリーダー → 管理者」という縦の昇格構造が一般的だが、その先に描けるビジョンは少ない。管理職になっても、現場対応が中心で戦略や仕組みづくりに関われるケースは少なく、結果的に「経験年数=職責の重さ」となり、報酬や専門性の広がりには結びつきにくい。
結果として、「このまま現場で頑張り続けても、年収は300万円台のまま」「スキルは磨かれているはずなのに、他業界で通用する気がしない」と感じる人が増える。これは個人の能力の問題ではなく、構造上の限界である。だからこそ、早い段階で“好き”を軸にキャリア資産を積み替えていく視点が求められるのだ。
「好きで続ける」か「不安で辞める」かの分岐点は20代後半に来る
25〜29歳は、キャリアにおける最初の「再設計期」である。
新卒で現場に入り、数年で仕事の全体像を掴み始める頃、同時に生活や将来を見据えた現実的なテーマが浮かび上がる。結婚・出産・住宅・貯蓄・老後といったライフイベントの入口が、視野に入ってくる時期だ。
「同年代の友人は昇給しているのに、自分は変わらない」
「この収入で将来の生活を描けるだろうか」
「ずっと体力的に続けられる仕事ではない気がする」
そうした不安が芽生えたとき、多くの人は“とりあえずの安定”を求めて事務職や一般職への転職を考える。だが、ここに落とし穴がある。スキルの積み上げが止まり、再び「何者でもない自分」に戻ってしまうリスクだ。
この時期に本当に考えるべきは、「辞めるか、続けるか」ではなく、「どんな形で“好き”を活かすか」である。
人の成長や変化を支える力は、あらゆるビジネスにおいて価値を持つ。
例えば、相手の課題を聞き出し、改善の道筋を立て、粘り強く伴走する力。これは法人営業やカスタマーサクセスといった職種でも不可欠なスキルである。
現場経験のある人ほど、対人理解力・状況把握力・信頼構築力が高い。
それを「どう見せるか」「どう翻訳するか」でキャリアの方向性は大きく変わる。
“好きで続けるか”“不安で辞めるか”という二項対立ではなく、“好き×市場価値”の軸で再設計することこそが、次のキャリアを形作る第一歩である。
「好き」を手放さずにキャリアを積む方法はある
子どもと関わる仕事の現場では、外からは見えにくい高度なスキルが日常的に使われている。
相手の状態を観察し、原因を分析し、改善までのステップを細かく設計する。言語化できない困りごとを解きほぐし、小さな変化を積み重ねて成果に導く。さらに、周囲の大人との連携や信頼形成を行う。これらのプロセスは、ビジネスにおける課題解決のプロセスと極めて近い。
- 状態の観察→顧客課題のヒアリング・分析
- 行動の設計→提案内容やプロジェクト設計
- 関係構築→アカウントマネジメント
- 小さな変化の積み上げ支援→KPI設計・改善サイクル
つまり、すでに多くのスキルは“持っている”のだ。
足りないのは、それを“ビジネスの文脈で語る力”と“使う環境”である。
私が支援してきた中でも、現場出身の方が営業や人材業界で活躍している事例は多い。
共通するのは、「人を理解する力」への自負と、「成果を構造化する力」である。
相手の表情や声色の変化に気づく観察眼は、営業においても提案精度を高める。
行動変容を促す対話力は、マネジメントやコンサルティングでも応用が利く。
重要なのは、「できないことを探す」よりも、「既に持っている力を翻訳する」こと。
“教育で培った力”を、“ビジネスを動かす力”に変換する視点を持てれば、好きなことを手放さずにキャリアを積むことは十分に可能である。
子ども領域 × ビジネス領域というキャリア戦略
「人の変化に寄り添う仕事がしたい」という想いを軸に据えながら、キャリアの幅を広げる方法は複数ある。
具体的には、以下のような職種が高い親和性を持つ。
- 人材紹介のキャリアアドバイザー/企業担当(RA・CA)
- 採用人事(候補者体験・教育研修領域を含む)
- SaaS・HRサービス業界のカスタマーサクセス
- 法人向け課題解決型営業(BtoBセールス)
これらに共通しているのは、「人の成長や変化のプロセスに関わる」点である。
子ども領域で培った“変化を支援する力”は、対象が大人や企業に変わっても十分に活きる。
特に人材業界やHRTech(人事×テクノロジー)の領域は、個人の成長支援の要素が濃く、子ども支援に携わっている人の価値観と親和性が高い。
また、教育的な観点を持つ人は「相手の成長プロセスを設計する」力に優れており、コンサルティング的な役割にも向く。
「好き」を起点にキャリアを再構築するうえで大切なのは、“対象を変えても本質を変えない”ことだ。
子どもから社会人へ、現場から企業へとステージを移しても、根本の価値観はそのまま活きる。
“教育×ビジネス”という掛け算を描くことが、30代以降のキャリア安定を実現する鍵となる。
実際にキャリア支援をしてきた中での共通点
実際に、子ども領域からビジネス領域へとキャリアチェンジし、成功している人たちには明確な共通点がある。
第一に、「自分の強みを言語化できている」こと。
感覚的な“優しさ”や“人に寄り添う力”を、再現性のあるスキルとして語れる人は強い。
例えば、「相手の行動背景を分析し、成果に結びつけた経験」「チームで成果を出すための仕組みを設計した経験」など、行動と成果のセットで伝えられる人ほど評価されやすい。
第二に、「将来どんな生き方をしたいか」を描けていること。
年収・働き方・家庭・挑戦など、人生設計を起点にキャリアを組み立てている人は、選択の軸がぶれにくい。
第三に、「新しい職場でも“学習期間”を前提に置けている」こと。
キャリアチェンジでは、即戦力でなくても“伸びしろ”が見える人が採用される。現場力の高さを活かしつつ、ビジネスの基礎を吸収する意欲を見せることで、1年後には圧倒的な成長を遂げる人も多い。逆に苦戦するケースも明確だ。
「今できること」だけで職を探す人、また「自信のなさ」を隠したまま転職活動を進める人は、どうしても受け身の選択になりやすい。
キャリアとは、“不安から逃げること”ではなく、“自分の軸で設計すること”である。
強みと将来像を軸にした人は、環境が変わっても再現性高く成果を出せる。
まとめ
「子どもに関わる仕事が好き」という気持ちは、無理に手放す必要はない。
むしろその“好き”をどう形に変えるかが、これからの時代におけるキャリアの核心である。
好きなことを続けるためには、戦略的に環境を選び、スキルを翻訳し、自分の価値を積み上げられる場所に移ることが大切だ。
“好き×将来の安心”は、どちらかを諦める選択ではない。両立するための戦略を持てば、キャリアの可能性は確実に広がる。
もし今、不安を感じているなら、一度立ち止まり、自分の強みと理想の生き方を整理してみてほしい。
キャリアは一人で抱え込むものではなく、専門家と共に設計していくものだ。
あなたの「好き」が続いていく未来を、一緒に描いていきたい。